自転車通勤で100km以上走ってから出勤したとツイートした所、フォロワーの方から「それって、大阪府富田林市から兵庫県姫路市までの距離と同じですよ」と返信されたとき、自分のやっていることってやっぱり異常なんやなと再認識した、たーちゃんです。おはようございます。
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正規の通勤ルートは片道15,1kmほどで、クロスバイクで普通に走って約45分くらいの道のりです。
自転車通勤を始めた頃は、この距離で満足していましたが、あっというまに、物足らなく思って来ました。
そこで、ちょっと遠回りしてから出勤していたのですが、その距離はみるみるうちに伸びていき、とうとう100km超の大台に乗ることができたのです。
はじめは、山の麓にあるお寺の山門まで行ってから出勤していました。
体力がついてくるとそれも物足りなくなってきて、それまで週末にしか行く事がなかったヒルクライムコースを平日の出勤前に登るようになったのです。
ある日、「第3回“輝け!南大阪ヘンタイ自転車通勤ヒルクライマー」の覇者に輝いたブログ「クロスロード」の管理人であるyasuさんと出会いました。
そのときは、午前6時30分にヒルクライムコースのゴールで待ち合わせをして、30分ほどおしゃべりしてから下山していたのですが、当時は、出勤前にヒルクライムコースを1本登るということだけで、一人前の“ヘンタイ”であると自負していました。
それから私たちは、ヒルクライムコース1本だったのが、2本、3本と増え、最終的には100km超、山岳路を走ってから出勤するようになってしまったのです。
↓堺浜周回道路・・・・この時期はこのくらい曇っていたほうが快適です。
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さて、梅雨も宴たけなわになってきた7月2日(月)と7月4日(水)・・・・私は100km超の自転車通勤をしてきました。
思えば、十数年前、研修先の宿舎での第1泊目、午前4時まで、先輩から無理やりお酒を飲まされたため、、それからの2週間の研修が地獄のような日々を強いられたことがありました。
それと同様、なるべく週初めの月曜日にハードな自転車通勤をして、疲れを残したくなかったのですが、梅雨のこの時期は、そんな贅沢は言ってられません。
軍隊では「食べれるうちに食べておくのだ」と食べることも任務の一つだと言われています。
それと同じように、われわれヒルクライマーも走れるうちに走っておかなければなりません。
しかも、それまで不可能だと思っていた世界遺産・高野山ヒルクライム自転車通勤を、前述のyasuさんが達成したということをツイッターで知ってから、私のヘンタイマインドは高らかと燃え上がったのです。
さらに、月曜日は“梅雨の中休み”ということで晴れの予報。
これは、万障お繰り合わせの上、嫁を質に入れてでも高野山まで走りに行かなければならなくなりました。
前日に全ての用意を済ませ、“ヒルクライマー養成ギブス”の一つであるデジタル一眼レフカメラやジテツウ後に職場で飲むプロテインなどをリュックサックに詰めてサッサと就寝。
厳しい修行で知られる福井県・永平寺の修行僧よりも早い午前3時に起きた私は、つぶあんをオカズにして、トーストしていない食パンを3枚完食。
ガーミンのハートレイトセンサーをブラジャーのように装着し、ビブショーツとジャージを着た私は家の外に出ると・・・なんと大雨。
「なんのために午前3時に起きたんやろか!責任者出てこい。アホンダラ」とひとりごちつつ、一旦家の中へ戻りました。
しかし、いったん、早朝ヒルクライムモードに火が着き、火照った奥さんの身体・・・いや、私の体を鎮めるには、もう実走しか手段はありません。
さいわい、雨はすぐ止んだので、一応、下手な天気予報よりも頼りになる“Yahoo!雨雲の動き”でチェックしてみました。
すると、雨が降っていたのは自宅周辺のまさにピンポイントエリアのみ。
とはいえ、この時間から自宅を出発しても山岳路を100km以上はしることはできないでしょう。
というわけで、この日は久しぶりの「平地練習」をすることにしました。
↓7月2日(月曜日)出勤時:平地練習 帰宅時:ヒルクライムの走行データです。
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南大阪平地練習のメッカといえば、堺浜周回道路。
シャープの工場を取り囲むようにしてできたその周回道路は、まったく平坦路で信号は2箇所しかなく、土日ともなれば、ビンディングペダルにデビューしたての初心者から、上級者までハムスターのようにグルグル回っています。
私が周回道路に到着したのは午前5時過ぎだったのですが、さすがにこの時間は誰も走っていません。
というわけで、私は50×12しばりで最低速度35km以上を心がけながら走り始めました。
ドラキュラが日光を忌み嫌うように、ヒルクライマーは平地を走ると平常心を保つことができなくなると、独立行政法人・日本生物学研究所で行われた動物実験の結果が発表されました。
「この坂がずっと続けば良いのに」「下り坂は要らない。登り坂だけでいい」「わんぱくでも良い、たくましく育って欲しい」と、あるヘンタイヒルクライマーの名言はみなさまのご存知でしょう。
とりわけ、普段、山ばっかり登っていると、平地練習は楽しくないんですよね。
しかし、これも修行の一環、重いギアをショップの店長さんに教わったことを守りながら回して、なんとかして13周グルグル回りました。
その後。職場方面に向かったものの、職場直近で中途半端な98,5km。
仕方ないので、幹線道路を行ったり来たりして100kmになってから職場の敷地内に入って、100km自転車出勤達成。
とは言うものの、「1日1府県境超え&獲得標高1000m超え」をモットーにしている私は、仕事が終わってから、鍋谷峠に登ることにしました。
お家が大好きな私は、仕事が終わればいの一番に帰りたいタイプですが、ここはひとつ我慢の子。
やはり平地練習だけだと物足りなかった私は鍋谷峠を登っておかないことには精神の平衡を保つことができません。
すでに時刻は午後6時近くになり、夏至も終わったこの頃になると、ちょっと夕方っぽくなってきました。
急いで山の方に向かい、鍋谷峠スタート地点についた頃はうっすら暗くなっていたものの、据え膳食わぬは男の恥ということで、そのまま薄暗い森の中へと突入したのです。
やがてゴール地点に到着するもの、チャンピオンベルトが腰を温める時間もないように、すぐに下山開始。
下山を終えた頃はあたりはすでに暗くなっており、民家から漂ってくる夕餉の香りを匂いながら家路についたのです。
↓ここがスタート地点だと思っていました。
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7月3日(火曜日)は職場の飲み会があり、数カ月ぶりにスーツを着て電車通勤だったので休脚日としました。
案の定、この飲み会で久しぶりの“本物のビール”を堪能した私は、翌7月4日(水曜日)には意志にかかわらず、オーバーカロリー分を消費するべく100km超自転車通勤しなくてはならない事態に追い込まれたのです。
飲み会から帰ってきてシャワーを浴び、就寝したのは午後11時すぎ。
にも関わらず、午前3時に自然起床できることは、キン肉バスターがキン肉マンにとって特技であるように、私の必殺技。
それから、もたれて食欲が無かった胃に無理やり食パン3枚をブラックコーヒーで流し込んだ私は、午前3時55分に自宅を出発。
私にとって、早朝ヒルクライム自転車通勤とは、家を出発してからすでにタイムトライアル開始。
いくら100km以上走ったと言っても、遅刻してしまったら、そんな早朝ヒルクライム自転車通勤は意味がないのです。
はじめのヒルクライムは、別名「癒しの峠」とよばれる「紀見峠」。
本来なら先を急ぐので、紀見トンネルを通過して先に進みたいところですが、それをすると後から後悔しそうなので、ここはあえて旧道の峠を通過していきます。
もちろん、峠で休憩する時間的余裕が無いのでそのままダウンヒル開始。
午前5時に和歌山県橋本市に到着し、紀の川を超えた私は紀ノ川沿いの県道を時速40kmで巡航し九度山から高野山に登る国道370号に入って参ります。
普段の早朝ヒルクライム自転車通勤ではタイムを測定していません。
しかし、ツイッターでは高野山のタイムトライアルが流行っているようなので、一応やって見ることにしました。
スタート地点は南海電車高野線高野下駅のガード下からだそうですが、私は間違えて1kmほど手前の玉川峡橋りょう下から計測を始めました。
大阪府民からして、高野山とは地の果てにある霊峰というイメージがありますが、実はヒルクライムコースとしては距離は長いものの傾斜はゆるやかなのでそれほど困難ではありません。
電動アルテグラの利点を活かせてこまめにシフトチェンジしつつ、引き脚と踏み脚のタイミングやかかとの角度などを意識しながら登っています。
前日にyasuさんが好タイムをマークされたので、それを目標にしながら登っていったのですが、やはり目標があればモチベーションが上がります。
↓7月4日(水曜日)の「早朝世界遺産ヒルクライム自転車通勤」の走行データです。
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たしかに、森の空気を吸い、小鳥のさえずりや谷川のせせらぎを耳にしながら、マイペースで登る“おひとりさま”ヒルクライムも楽しいのですが、バトルしたほうが練習になります。
もちろん、このときは私一人しかいなかったのですが、目の前に他のヒルクライマーが走っていると想像して、それに追いつき、追い越そうとすると自ずから心拍とモチベーションが上がるというもの。
ヒルクライムは、あくまで自分との戦いで、競う相手は自分の「もう、このくらいでエエやないか」という弱い心です。
しかし、練習する上では、誰かと競いあったほうが目標が明確になるので効果が高いんですよね。
それに、40前のオッサンの弱まりつつある闘争心が燃え上がり、テンションが100%になってこうげき力が2倍になるというのはなかなか気持ちがいいものです。
そんな想像上のライバルですから、いつまでたっても追い越すことができないまま、とうとうゴール地点の高野山・大門に到着。
高野山ヒルクライムは、週末ライドでは何度も行き来していますが、自転車通勤でやってくることができるとは夢にも思いませんでした。
とりあえず、写真をパチリと撮影して下山開始。
その後、紀の川を再び渡って、鍋谷峠を超え、大阪府和泉市にある職場に到着。
職場の人から「今日は、どこ走ってきたん?」と聞かれて「高野山まで行ってきたわ」と言った時にみせる、唖然とした表情を見るのがちょっぴり快感。
それからシャワーを浴びて、仕事を始めたわけですが、さすがにこの日のお昼休み、お昼ごはんを食べた後は強烈な睡魔に襲われたことは言うまでもありません。
私もサラリーマンである以上、いつかは人事異動で転勤することになるでしょう。
そうなると、今の部署以上に早朝ヒルクライム自転車通勤しやすくなることはほぼありません。
ヒルクライムは走れば走るほど強くなりますし、楽しくなっていくので、なんとかして登り続けたいのですが、そこは、家族を養うサラリーマンサイクリスト。
やはり優先するべきはお仕事であるのは言うまでもありません。
「走れるうちに走っておけ」・・・・そう自分に言い聞かせつつ、早く梅雨が開けて、毎日100km超自転車出勤できる日を待ち遠しく思っているたーちゃんなのでした。
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自転車通勤を始めた頃は、この距離で満足していましたが、あっというまに、物足らなく思って来ました。
そこで、ちょっと遠回りしてから出勤していたのですが、その距離はみるみるうちに伸びていき、とうとう100km超の大台に乗ることができたのです。
はじめは、山の麓にあるお寺の山門まで行ってから出勤していました。
体力がついてくるとそれも物足りなくなってきて、それまで週末にしか行く事がなかったヒルクライムコースを平日の出勤前に登るようになったのです。
ある日、「第3回“輝け!南大阪ヘンタイ自転車通勤ヒルクライマー」の覇者に輝いたブログ「クロスロード」の管理人であるyasuさんと出会いました。
そのときは、午前6時30分にヒルクライムコースのゴールで待ち合わせをして、30分ほどおしゃべりしてから下山していたのですが、当時は、出勤前にヒルクライムコースを1本登るということだけで、一人前の“ヘンタイ”であると自負していました。
それから私たちは、ヒルクライムコース1本だったのが、2本、3本と増え、最終的には100km超、山岳路を走ってから出勤するようになってしまったのです。
↓堺浜周回道路・・・・この時期はこのくらい曇っていたほうが快適です。

さて、梅雨も宴たけなわになってきた7月2日(月)と7月4日(水)・・・・私は100km超の自転車通勤をしてきました。
思えば、十数年前、研修先の宿舎での第1泊目、午前4時まで、先輩から無理やりお酒を飲まされたため、、それからの2週間の研修が地獄のような日々を強いられたことがありました。
それと同様、なるべく週初めの月曜日にハードな自転車通勤をして、疲れを残したくなかったのですが、梅雨のこの時期は、そんな贅沢は言ってられません。
軍隊では「食べれるうちに食べておくのだ」と食べることも任務の一つだと言われています。
それと同じように、われわれヒルクライマーも走れるうちに走っておかなければなりません。
しかも、それまで不可能だと思っていた世界遺産・高野山ヒルクライム自転車通勤を、前述のyasuさんが達成したということをツイッターで知ってから、私のヘンタイマインドは高らかと燃え上がったのです。
さらに、月曜日は“梅雨の中休み”ということで晴れの予報。
これは、万障お繰り合わせの上、嫁を質に入れてでも高野山まで走りに行かなければならなくなりました。
前日に全ての用意を済ませ、“ヒルクライマー養成ギブス”の一つであるデジタル一眼レフカメラやジテツウ後に職場で飲むプロテインなどをリュックサックに詰めてサッサと就寝。
厳しい修行で知られる福井県・永平寺の修行僧よりも早い午前3時に起きた私は、つぶあんをオカズにして、トーストしていない食パンを3枚完食。
ガーミンのハートレイトセンサーをブラジャーのように装着し、ビブショーツとジャージを着た私は家の外に出ると・・・なんと大雨。
「なんのために午前3時に起きたんやろか!責任者出てこい。アホンダラ」とひとりごちつつ、一旦家の中へ戻りました。
しかし、いったん、早朝ヒルクライムモードに火が着き、火照った奥さんの身体・・・いや、私の体を鎮めるには、もう実走しか手段はありません。
さいわい、雨はすぐ止んだので、一応、下手な天気予報よりも頼りになる“Yahoo!雨雲の動き”でチェックしてみました。
すると、雨が降っていたのは自宅周辺のまさにピンポイントエリアのみ。
とはいえ、この時間から自宅を出発しても山岳路を100km以上はしることはできないでしょう。
というわけで、この日は久しぶりの「平地練習」をすることにしました。
↓7月2日(月曜日)出勤時:平地練習 帰宅時:ヒルクライムの走行データです。

南大阪平地練習のメッカといえば、堺浜周回道路。
シャープの工場を取り囲むようにしてできたその周回道路は、まったく平坦路で信号は2箇所しかなく、土日ともなれば、ビンディングペダルにデビューしたての初心者から、上級者までハムスターのようにグルグル回っています。
私が周回道路に到着したのは午前5時過ぎだったのですが、さすがにこの時間は誰も走っていません。
というわけで、私は50×12しばりで最低速度35km以上を心がけながら走り始めました。
ドラキュラが日光を忌み嫌うように、ヒルクライマーは平地を走ると平常心を保つことができなくなると、独立行政法人・日本生物学研究所で行われた動物実験の結果が発表されました。
「この坂がずっと続けば良いのに」「下り坂は要らない。登り坂だけでいい」「わんぱくでも良い、たくましく育って欲しい」と、あるヘンタイヒルクライマーの名言はみなさまのご存知でしょう。
とりわけ、普段、山ばっかり登っていると、平地練習は楽しくないんですよね。
しかし、これも修行の一環、重いギアをショップの店長さんに教わったことを守りながら回して、なんとかして13周グルグル回りました。
その後。職場方面に向かったものの、職場直近で中途半端な98,5km。
仕方ないので、幹線道路を行ったり来たりして100kmになってから職場の敷地内に入って、100km自転車出勤達成。
とは言うものの、「1日1府県境超え&獲得標高1000m超え」をモットーにしている私は、仕事が終わってから、鍋谷峠に登ることにしました。
お家が大好きな私は、仕事が終わればいの一番に帰りたいタイプですが、ここはひとつ我慢の子。
やはり平地練習だけだと物足りなかった私は鍋谷峠を登っておかないことには精神の平衡を保つことができません。
すでに時刻は午後6時近くになり、夏至も終わったこの頃になると、ちょっと夕方っぽくなってきました。
急いで山の方に向かい、鍋谷峠スタート地点についた頃はうっすら暗くなっていたものの、据え膳食わぬは男の恥ということで、そのまま薄暗い森の中へと突入したのです。
やがてゴール地点に到着するもの、チャンピオンベルトが腰を温める時間もないように、すぐに下山開始。
下山を終えた頃はあたりはすでに暗くなっており、民家から漂ってくる夕餉の香りを匂いながら家路についたのです。
↓ここがスタート地点だと思っていました。

7月3日(火曜日)は職場の飲み会があり、数カ月ぶりにスーツを着て電車通勤だったので休脚日としました。
案の定、この飲み会で久しぶりの“本物のビール”を堪能した私は、翌7月4日(水曜日)には意志にかかわらず、オーバーカロリー分を消費するべく100km超自転車通勤しなくてはならない事態に追い込まれたのです。
飲み会から帰ってきてシャワーを浴び、就寝したのは午後11時すぎ。
にも関わらず、午前3時に自然起床できることは、キン肉バスターがキン肉マンにとって特技であるように、私の必殺技。
それから、もたれて食欲が無かった胃に無理やり食パン3枚をブラックコーヒーで流し込んだ私は、午前3時55分に自宅を出発。
私にとって、早朝ヒルクライム自転車通勤とは、家を出発してからすでにタイムトライアル開始。
いくら100km以上走ったと言っても、遅刻してしまったら、そんな早朝ヒルクライム自転車通勤は意味がないのです。
はじめのヒルクライムは、別名「癒しの峠」とよばれる「紀見峠」。
本来なら先を急ぐので、紀見トンネルを通過して先に進みたいところですが、それをすると後から後悔しそうなので、ここはあえて旧道の峠を通過していきます。
もちろん、峠で休憩する時間的余裕が無いのでそのままダウンヒル開始。
午前5時に和歌山県橋本市に到着し、紀の川を超えた私は紀ノ川沿いの県道を時速40kmで巡航し九度山から高野山に登る国道370号に入って参ります。
普段の早朝ヒルクライム自転車通勤ではタイムを測定していません。
しかし、ツイッターでは高野山のタイムトライアルが流行っているようなので、一応やって見ることにしました。
スタート地点は南海電車高野線高野下駅のガード下からだそうですが、私は間違えて1kmほど手前の玉川峡橋りょう下から計測を始めました。
大阪府民からして、高野山とは地の果てにある霊峰というイメージがありますが、実はヒルクライムコースとしては距離は長いものの傾斜はゆるやかなのでそれほど困難ではありません。
電動アルテグラの利点を活かせてこまめにシフトチェンジしつつ、引き脚と踏み脚のタイミングやかかとの角度などを意識しながら登っています。
前日にyasuさんが好タイムをマークされたので、それを目標にしながら登っていったのですが、やはり目標があればモチベーションが上がります。
↓7月4日(水曜日)の「早朝世界遺産ヒルクライム自転車通勤」の走行データです。

たしかに、森の空気を吸い、小鳥のさえずりや谷川のせせらぎを耳にしながら、マイペースで登る“おひとりさま”ヒルクライムも楽しいのですが、バトルしたほうが練習になります。
もちろん、このときは私一人しかいなかったのですが、目の前に他のヒルクライマーが走っていると想像して、それに追いつき、追い越そうとすると自ずから心拍とモチベーションが上がるというもの。
ヒルクライムは、あくまで自分との戦いで、競う相手は自分の「もう、このくらいでエエやないか」という弱い心です。
しかし、練習する上では、誰かと競いあったほうが目標が明確になるので効果が高いんですよね。
それに、40前のオッサンの弱まりつつある闘争心が燃え上がり、テンションが100%になってこうげき力が2倍になるというのはなかなか気持ちがいいものです。
そんな想像上のライバルですから、いつまでたっても追い越すことができないまま、とうとうゴール地点の高野山・大門に到着。
高野山ヒルクライムは、週末ライドでは何度も行き来していますが、自転車通勤でやってくることができるとは夢にも思いませんでした。
とりあえず、写真をパチリと撮影して下山開始。
その後、紀の川を再び渡って、鍋谷峠を超え、大阪府和泉市にある職場に到着。
職場の人から「今日は、どこ走ってきたん?」と聞かれて「高野山まで行ってきたわ」と言った時にみせる、唖然とした表情を見るのがちょっぴり快感。
それからシャワーを浴びて、仕事を始めたわけですが、さすがにこの日のお昼休み、お昼ごはんを食べた後は強烈な睡魔に襲われたことは言うまでもありません。
私もサラリーマンである以上、いつかは人事異動で転勤することになるでしょう。
そうなると、今の部署以上に早朝ヒルクライム自転車通勤しやすくなることはほぼありません。
ヒルクライムは走れば走るほど強くなりますし、楽しくなっていくので、なんとかして登り続けたいのですが、そこは、家族を養うサラリーマンサイクリスト。
やはり優先するべきはお仕事であるのは言うまでもありません。
「走れるうちに走っておけ」・・・・そう自分に言い聞かせつつ、早く梅雨が開けて、毎日100km超自転車出勤できる日を待ち遠しく思っているたーちゃんなのでした。
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